極寒時の電気自動車(EV)

EVは「大雪で終了」「立往生で凍死」という暴論はなぜ無くならないのか? 感情的にならず、まずは科学的事実・雪国オーナーの声に向き合え (msn.com)

 「科学的なファクトやエビデンス、さらに実際に雪国でEVを使用しているオーナーの声などに基づく感情的ではない検証」はこの程度なのでしょう。

 次世代自動車振興センターの統計によると、2021年時点での国内のEV保有台数は14万台弱だ。通常は考えにくいものの、仮にこの10%にあたる1.4万台が同時に3kWで充電した場合でも、消費電力は42MWであり、これまでの冬季の国内の最大需要を記録した2021年1月8日の156GW(15万6000MW)と比べると、増加量は0.03%にも満たない。今後EVの保有台数が10倍に増えても0.3%未満だ。    

 さらに、後述するが、自家用車は常に9割程度が駐車されており、駐車時間中に充電を終えれば問題ないため、電力の需給に合わせて夜間などに充電時間を調整することは、決して難しくない。実際にこの冬も、多くの電力会社でデマンドレスポンス(DR = 電力需要や市場価格に合わせて単価を変えたり、インセンティブを用意したりすること)などにより、需要を平準化する取り組みが行われている。  

 「14万台」というと多いように思われるかもしれませんが、一般社団法人自動車検査登録情報協会 2022年3月末現在のEV乗用車(軽自動車を含む)登録台数は138327台で、乗用車全体(軽自動車を含む)61867152台の0.22%です。これが(ライター氏のいうように)10倍になったとしても2.2%に過ぎません。つまり、EVへの充電は電力需要に大きな影響がないという意見は、EVが普及しないことが前提です。

 このEVが乗用車の50%になれば、

 3×61867152×0.5×0.1/1000000 =9.3 GW 

 になってしまいます。まして、貨物車、乗合車にまでEVが普及すればどうなるのでしょう。ライター氏は「EVは普及してはならない」と言いたいのかもしれません。

 そもそも「(現状は)大したことはないから節電の必要はない」といわんばかりの姿勢はいかがなものでしょうか? その論法に従えば「我が家一軒の消費電力は微々たるものなので節電の必要はない」ことになります。

 V2Gを語る際によく「車を使う際はどうするのか?」と指摘されるが、2018年に公開された論文「データから読み解く自動車の使われ方の変化〜全国道路・街路交通情勢調査自動車起終点調査の分析から〜」によると、国内の自家用車は最も需要が増える朝夕でも約1割しか使用されておらず、残りの約9割は駐車中(あるいは運用休止中)とされている。自宅や勤務先などの駐車場に充放電設備を設置することでこれらの車を活用し、需要が少ない時間帯に充電、需要が逼迫した際に放電し、電力網への負担を減らすことが可能となる。
 
  現時点での課題としては、充放電設備の設置費用に100万円程度(充電のみなら数万円〜)かかる点だが、例えばEVに独自の補助金を提供している東京都では、V2H(Vehicle to Home = EVから自宅への電力供給)機器にも10割近い補助金を提供。東京都在住のEVオーナーであれば、ほぼ自己負担なしでEVの蓄電池にためた電力を自宅で使用可能となる。

  「可能」ではありますが、その制御、つまり車所有者に「何時から何時までは車に乗らず電力を供給しろ」という命令と命令を担保する手段がないなら、電力平準化の効果は限定的なものになります。

 仮に2022年3月末現在のEV乗用車(軽自動車を含む)登録台数138327の半数がこのような用い方をしたとすると、その供給電力は

  138327×0.5×3/1000=207.49MW

でライター氏が例に挙げたピーク電力156GWの0.13%に過ぎません。前出のライター氏の「電力需要ピーク時に占めるEV充電の比率は非常に小さく問題ない」かのような意見と同様の結論「V2Gによる電力平準化効果は誤差程度」になります。  

 一方で豪・南オーストラリア州の送配電事業者であるサウス・オーストラリア・パワー・ネットワークスは日産自動車などと協力し、2022年12月にEVとV2Gを使った独自の新サービスを提供開始。需要が少なく電気料金が安い時間帯に充電し、逆に需要が逼迫する時間帯に放電することで、利益が得られるようになった。実際にこの仕組みを利用している南オーストラリア州の「バリークロフト ワイナリー」では、これまで年間6000豪ドル(約54万円)の電気代がかかっていたのが、太陽光発電を導入することで年間2000豪ドル(約18万円)に削減、さらにEVとV2Gを導入することで逆に年間2500豪ドル(約22万円)の利益が出せるようになったという。 仮にV2GやV2H設備に100万円かかっても、5年未満でもとが取れる計算だ。もちろん太陽光発電の設備にも初期費用がかかるが、一般的に5〜10年程度でもとが取れるとされており、合計でも10〜15年程度でもとが取れる計算となる。

 オーストラリアは石炭も天然ガスも自活しており、日本と状況がかなり異なります。これが日本の参考となる事例なのかどうか検証が必要です。

 さて、先に示した207.4MWのV2Gに要する費用は

 100万円×138327×0.5=691.6億円

です。仮に前出のピーク電力156GWの1%ならば

 156×1000×0.01×691.6/207.49=5200億円 

必要になります。 この電力を1日8時間、EVに全く乗らず年間365日、5年供給するとしますと、供給電力量は

 156×0.01×1000000×8×365×5=22776000000kWh
 520000000000/22776000000=22.8円/kWh

 の価格差が必要です。電力会社のオール電化契約の夜間電力料金で購入し、最高料金時間帯料金(出典:東京電力関西電力)で販売するとしますと、充放電効率90%(東京電力) として下欄右端の価格差になります。

  夜間料金 最高料金時間帯料金 円/kWh 単純価格差 円/kWh 価格差(充放電損失含む) 円/kWh
東京電力 17.78 25.8 8.02 6.04
関西電力(夏季) 15.2 28.96 13.76 12.07
関西電力(夏季以外) 15.2 26.33 11.13  9.44

 日本でもとを取ろうとすると、EVに乗らなくても9〜19年程度要することになります。もちろん、充放電を繰り返すことによる電池寿命の減少を考慮する必要があります。

 この結果、2025年には再エネの発電量が石炭を追い抜き、世界最大の電源になるとしている。 このように化石燃料の消費を減らし、エネルギー安全保障にも寄与する再エネだが〜

 この元資料は https://iea.blob.core.windows.net/assets/ada7af90-e280-46c4-a577-df2e4fb44254/Renewables2022.pdf の10頁あたりです。  
 「発電量」ではなく「発電出力」だと思います。

 なお、国資料等々では「発電出力」ではなく「発電容量」がよく用いられますし、この記事でも「容量」となっています。日本ではcapacityを何でもかんでも「容量」と訳す傾向にありますが、日本語の容量は体積としての意味が基本ですので、発電容量というと量の意味に誤解される方がいるのではないでしょうか。

 
 再エネ設備を輸入に頼るリスクも指摘されているが、一度設置すれば数十年稼働する「設備」と、常に輸入を続ける必要がある「燃料」では、大きくリスクが異なる上に、再エネ設備は国産化も可能だ。

 EVが数十年もそのまま稼働するとは思えないのですが。 https://freelance-aid.com/articles/1669.html  

 冬になると決まってSNSなどで見かける「EVは立ち往生したら凍死する」という意見は、2022年12月に日本海側で大雪が降った際も多く見られた。EVは低温になると電池の性能が低下したり、暖房の使用などで航続距離が短くなったりするといわれており、米エネルギー省の資料によると、氷点下7度の環境では、25度のときと比べて内燃機関車が15%の低下なのに対し、ハイブリッド車(HV)では30〜34%の低下、EVは39%の低下とされている。さらに内燃機関車のように携行缶での補給が困難なので、内燃機関車と比べて立ち往生した際のリスクが高まるという指摘は誤りではないように見える。  

 それでは、一概にEVは寒冷地や豪雪地帯に向いていないかといえば、そうとも言い切れない。米エネルギー省の試験結果は2013年に公開されたものであり、約10年前の古い車両を使用しているが、まだ公的機関の試験結果に反映されていない最新のヒートポンプを搭載したEVであれば、暖房による消費電力は約3分の1になると言われている。  
 さらにテスラなどの一部のメーカーや車種には、出発前に電池を暖める「プレヒート」機能があり、低温による電池の性能低下を抑えることができる。なお、EVは自宅や目的地などの駐車場での充電が基本であり、(特に寒冷地では)日常的に200Vコンセントにつなぐため、プレヒートにより電池が減る心配はない。

  (略)例えばYoutubeでさまざまな検証動画を公開しているCanuck氏が氷点下8度の環境でテスラ・モデルYを使って試験したところ、プレヒートをした場合は19%、プレヒートしない場合でも28%の損失にとどまっている。これはあくまで一例に過ぎないが、米エネルギー省の試験結果と比べると、この結果はHVよりも高効率であり、内燃機関車にも迫る効率である。

 「HVよりも高効率であり、内燃機関車にも迫る効率」とありますが、米エネルギー省のデータ(Fuel Economy in Cold Weather | Department of Energy)、Canuck氏が示しているのは極寒時走行時の燃料(電力量)消費率の低下率、走行可能距離の減少率です。内燃機関車、ハイブリッド車、EVそれぞれの燃料(電力量)消費率からの低下率であり、低下率の差をもって「高効率」と評価するようなものではありません。

 また、ガス欠、電欠による立ち往生の可能性を論じていると思われますが、降雪時の大規模立ち往生は、ガス欠、電欠が原因ではないと思います。こちらの記事からすると、積雪等によりタイヤがグリップを失うことが主たる原因でしょう。

 ですから、米エネルギー省が示す数字やプレヒート機能云々を元にした議論は無意味だと思います。議論すべきは、立ち往生した時の残燃料、残電力量と、そこからの暖房使用可能時間だと思います。

  さらに国内でも多くのEVオーナーが立ち往生を想定した検証結果を公開しており、近年のヒートポンプ式の暖房を装備したEVであれば、内燃機関車と同様、電池や燃料の残量に応じて丸一日以上は暖房を使えることが知られている。

 「電池や燃料の残量に応じて丸一日以上は暖房を使える」ではなく、「電池や燃料の残量によっては丸一日以上は暖房を使える」だと思います。

 ネットには次のような記事があります。

【朗報】新潟大雪立ち往生に巻き込まれたテスラモデル3 解消までの18時間に暖房21℃でNetflixを鑑賞し無事生還の模様 - Togetter

Model3で快適に車中泊する為に | NorthTesla’s diary

【検証】日産リーフe+で氷点下の大規模一斉車中泊テスト - YouTube

 「内燃機関車と同様、電池や燃料の残量に応じて丸一日以上は暖房を使える」かどうか、3番目のリーフのデータで検討してみましょう。

 リーフの諸元を次のとおりとします。
 ●電池容量:60kWhまたは40kWh
 ●電費:6.0km/kWhまたは6.4kWh(WLTC電費は60kWh車:7.5km/kWh、40kWh車:8.05km/kWhだが、冬場であることを考慮)
 ●暖房時電力消費率:1.45kWh/hr(上のデータでは9.25時間で60kWh電池を23%使用なので1.49kWh/hrだが、冷間スタートにより電力量を消耗したことを考慮)

 比較対象の内燃機車は私のVitz1.0Fとし、諸元を次のとおりとします。
 ●燃料タンク容量:40L(カタログ値は42Lだが、路面傾斜等で2Lは使用できない可能性を考慮)
 ●燃費:18km/L(近所買物等を含む通算燃費は19.4km/Lだが、余裕を見たもの)
 ●アイドリング燃料消費率:0.6L/hr(十分暖機した後に緩やかな下り坂をニュートラルで空走すると燃費計の数値は走行速度値の2倍になる。例えば40km/hrでは80km/Lになる。したがって、アイドリング燃料消費率は0.5L/hr。余裕を見て0.6L/hrとした。なお、トランスミッションが破損するおそれがありますので、自動変速機車でのニュートラル空走はしないでください。)

 リーフ、ヴィッツ、何れも満充電(満タン)で走行開始し、一定距離走行した後に立ち往生し、それから何時間暖房できるかを計算した結果が下のグラフです。
 18時間閉じ込められるとし、余裕(気象条件の変化、電池の劣化等)を考慮して24時間暖房可能な走行距離は次のとおり。
●リーフ40 35km(電池残量86%)   
●リーフ60 150km(電池残量58%)  
●ヴィッツ 460km(ガソリン残量14.4L)
 
 立ち往生することを覚悟し出発しても、立ち往生開始時刻、立ち往生時間を予測することは困難です。降雪が予想される中、EVで高速道路、幹線道路を走るのは冒険です。ここではニッサン・リーフで検討しましたが、ニッサン・サクラ(20kWh電池)ならどうなるのでしょう。
 「EVが立ち往生で凍死」は暴論だとは思いません。「凍死する可能性がある」と表現すべきだとは思いますが、何時も満充電で出発するようなEVに対する意識の高い人が乗るのならともかく、EVが普及すればするほどその可能性が高まるでしょう。

 なお、ここに記事は示しませんが、ライター氏が指摘する内燃機車によるCO中毒の危険性についてはまったくそのとおりです。

 根本的な問題は(EVや内燃機関車にかかわらず)立ち往生を発生させたり、車内での長時間待機を余儀なくされたりする点だ。立ち往生が発生するような寒波はほとんどの場合、事前に予測可能であり、そのような状況では対策なしで車を使用しないことを徹底し、除雪が追いつかないと予測される災害的な状況では迷わず通行止めにするなど、行政の対応見直しも必要だろう。万が一それでも立ち往生が発生した際は命を守ることを最優先し、乗員を車内で待機させるのではなく、救助できる体制を整えるべきだろう。

 「整えるべきだろう」と提案する以上、具体的にどんな機材、人員体制が降雪時に必要になると考えているのでしょうか?思いつきなら思いつきとわかるよう「救助できる体制整備が可能かどうかの検証結果があるのなら知りたいところである」ぐらいにした方がよくないでしょうか?

 一方でEVは携行缶での給油ができないことから電欠時や解消後の救援を気にする声も聞かれるが、立ち往生のリスクが高い地域には、すでに移動式の急速充電器が配備されている。数分の充電で数十km走行可能であり、多くの場合、近隣の充電設備までたどり着けるだろう。 

   こちらの移動式急速充電器  Roadie 案内.pdf  の性能等は次のとおりです。
 
  重量 能力
充電器 23.2kg 出力20kW(電池ユニット2基)    
電池ユニット 33.4kg/基 電池容量3.35kWh/基

 20kW5分充電で1.67kWh、9分充電で3kWh充電できます。極寒時のそれだけ充電できるかどうか分りませんが。
 リーフ40kWhのWLTC電費は8.025km/kWhですが、立ち往生直前の電費を6.4km/kWhとしますと、20kWで5〜9分緊急充電して走れる距離は10.7〜19.2kmになります。 「数十km走行可能」がどんな根拠なのか知りたいところです。
 
  なお、EVは電池が低温になると充電できなくなることがあります。 長時間、極寒時に立ち往生したEV全車にすぐ充電できるのでしょうか?
 日産:リーフ [ LEAF ] スペシャル 取扱説明書 | EVグループ (nissan.co.jp)
 高電圧バッテリーの充電方法 | Honda e 2021 | Honda
 
 で、こんな重い急速充電器をどうやって立ち往生した車まで運ぶつもりなのでしょう?  立ち往生したEVが1台ならともかく、EVが普及したらどうなるのでしょうか?

 なお、「数分の充電で〜多くの場合、近隣の充電設備までたどり着けるだろう」は「数分の充電では隣の充電設備までたどり着けないことがあるだろう」とほぼ同義だと思います。
           
 さらにEVからEVへ給電できる車種も発売されており、将来的にEVが増えた場合は、街灯や電柱など電気が来ている場所に非常用コンセントを設け、非常時はそこから給電する方法も考えられる。     

 少なくとも、立ち往生したEVの間で充電するのは無理だと思います。また、郊外の一般道で立ち往生するような場所に街灯がどの程度設置されているのでしょうか?仮に可能だったとしても、EVの台数が少ないことが前提になるでしょう。

 加えてEVなどに使われるモーターはミリ秒単位での緻密な制御が容易であり、積雪路や上り勾配などで「二輪駆動のEVでも四輪駆動の内燃機関車に匹敵するほど」グリップが向上することで、そもそも「立ち往生するリスクも下がる」としている。  
                              
 降雪地帯に何年か住んで、通勤、仕事で自動車を使用した経験からすると、よほどの坂道でない限りガソリンエンジンFF車でスタッドレスノータイヤ装着であれば、トラクションコントロール機構なしでも立ち往生する可能性は非常に低いと考えます。一方、ガソリンエンジンFR乗用車はスタッドレススノータイヤを装着していても降雪に弱かったです。
 そもそも大規模立ち往生の原因車は後輪駆動の貨物車、夏用タイヤ装着の後輪駆動乗用車が大半ではないでしょうか。  

HOME