素人に分りやすい話

 技術者の世界では、熱効率33%の自動車用ガソリンエンジンを改良して熱効率38%にするのがいかに困難なことかは理解されているが、素人からすると何が困難なのかは理解できないだろう。素人に理解してもらうためには、「熱効率150%」ぐらいのことをアピールしないといけない。素人には夢が必要なのだ。「原子力発電より大きな発電能力で低コスト」という夢のある潮流発電について、カワサキOBの古谷氏がブログで次のように書いている。 

・(ノヴァエネルギーは)そんな課題の中の大きな問題の電力発電、特に『潮流発電、海流発電』に取り組んでおられる。話は、壮大で、技術的なことは至って不得手な私にも、話の大筋はよく理解できた。実現すれば、非常にいいことである。誰でも、そう思うだろう。でも、現実はそんなにうまく、ことは運ばないようである。

 話を伺っていて、こんなことを感じた。日本は、官も民も縦型である。トップが判断すれば簡単なのだが、トップにたどり着くには関門が多すぎてなかなかなのである。総論は賛成だが、各論は実現不可能なのである。例えばこの電力発電、エネルギー問題の中でも大きな課題の一つではある。発電の方法にはいろいろある。  (ノヴァエネルギーの)鈴木さんの研究しておられる『海流発電』など、規模も壮大で面白い。でも、鈴木さんのお話によると、国の方針は『原子力発電』が基本で進められている。そんな方針の国に話を持って行っても担当者は冷たく『余計なことはするな』と言わんばかりだとかhttp://rfuruya2.exblog.jp/11705618/  

・川崎重工の明石にある技術研究所を訪ねて、いろんな意見交換をした。私はからっきし、技術関連は弱いのだが、鈴木さんと、技研の専門家4人との『潮流発電、海流発電』の話をヨコで聞いていても、鈴木さんの技術の確かさがよく解る。本件については、間違いなく鈴木さんのほうが先生格である。http://rfuruya2.exblog.jp/13075989/

 さて、ノヴァ研究所が2007年11月12日に行った特許出願の資料中に、次の記述がある。

【0028】
以上のように構成された水流発電装置1によれば、水流11に沿って泳ぐように揺動しながら回転する水中回転体10によって回転動力を得て、この回転動力を動力伝達軸17を介して水面9の上方まで導き、この動力伝達軸17で発電機20を回転させて発電が行われる。例えば、上記水中回転体10を、上記したように長さ約20m、回転直径約8mで形成し、この水中回転体10を備えた水流発電装置1を3ノットの水流11中に配置したとすると、1機の水中回転体10で約500kwを発電することができる。
【0029】
従って、図1に示すように複数の水中回転体10を設けた水流発電装置1として、例えば、水中回転体10が48機設けられた1ユニットを水流3ノットの海中に設置したとすると、水中回転体10の1機が上記したように約500kwを発電するので、1ユニットで約24000kwを発電することができる。そのため、51ユニットを海中に設置すれば、大型原子力発電所1基分に相当する1224MWの電力を発電することができる。

 潮流発電施設は潮流の運動エネルギーを電気エネルギーに変換する装置である。そこで、回転体を流れる潮流の運動エネルギーがどれくらいあるか試算してみる。

 
@ 回転部分の正面の面積は、(8/2)2×3.14159=50.265u
A 1秒当たり回転部分正面に向かって流れる水の質量は、流速3ノット(1.543m/s)、海水比重1.025として、
  50.265×1.5433×1.025×1000=79513kg/s
B 運動エネルギーは(1/2)×mv2なので、回転部分正面に向かって流れる水の運動エネルギーは
 (1/2)×79513×1.54332/1000=94.7kJ/s=94.7kW

 したがって、水の運動エネルギーが100%電気エネルギーに変換されたとしても94.7kWにしかならない。しかも、水の運動エネルギーが100%電気エネルギーに変換されると水の流速はゼロになるので、 これはありえない想定で、発電効率30%(プロペラ効率を含む)とすると28kWになる(発電効率30%は優秀な部類)。特許出願資料の「1機500kW」は理解不能である。

 また、上右図のように回転体を並べれば、1段目の後流側の回転体を流れる流速は1段目の回転体を流れる流速より小さく、その発電能力は1段目の回転体より劣る。したがって、上右図のように回転体を並べて、単純に機数倍に発電能力が増加することはない。

 鈴木氏はエネルギー保存の法則を理解していないとしか考えられない。あるいは「エネルギーとは何か」すら理解していないのだろう。

●ノヴァエネルギーのウェブサイトには、「大型のブイに500kwhのプロペラ4基を取り付け、一ユニットの発電力2,000Kwhとした海流発電装置です。この装置を200ユニット、2km四方の海洋に設置する事により400,000Kwhの発電プラントを建設することが可能です。」とあった(今はない)。鈴木氏はkW、kWhが何の単位か理解していないようだ。

こちらの頁では次の仕様が掲載されている。プロペラ直径が7/3=2.33倍でkwhが30倍になるとのこと。どのような計算をしたのだろうか。
品版 プロペラ稼動直径  
NT-001 3m 10kwh
NT-03 7m 300kwh
● http://www2.nova-ene.co.jp/~nova-ene/product/index2.html  (リンク切)の「ムービーその2」では「全長25m、回転直径16〜17mで500kW」と発言している。流速3ノット、回転直径16mとし同様に計算すると379kWとなり、500kWに及ばない。発電効率30%とすると114kWになる。

● 2009年9月9日に尼崎市内で行われた鈴木氏の講演では、「外洋に全長27メートルの大型プロペラを4キロメートル四方に敷いた「黒潮発電所構想」では、設置費用は原発の3分の1で、大型原子力発電所を上回る1600万キロワットの発電が可能」と発言している(日刊産業新聞による)。仮にこの設置費用が「500kW」発電を前提にしているなら、実際にはせいぜい114kWしか発電できないので、 (500/114)×(1/3)=1.46。

 原発の1.46倍の設置費用を要することになる。とはいっても「3分の1」の計算根拠が全く分らないので、「1.46倍」には鈴木氏の主張がおかしいという以外の意味はない。なお、黒潮は蛇行するので、一定の場所で常時3ノットの潮流が利用できるという前提は理想的すぎる。

 海中の条件は非常に厳しく、浸水、腐蝕、生物付着、回転体の挙動、プロペラの抵抗を受け止める躯体の構造等、解決すべき課題は山積しているはずだが、それが解決される根拠は全く示されてない。 発電機に繋がった水車を海中に置けば、潮流のエネルギーにより発電するのは 当たり前だ。実証実験というからには様々なデータを取り解析する必要があるが、実証実験どころか水槽等での実験結果すら示されていない。そもそもデータの評価、解析に必要な素養が鈴木氏に全く欠けており、水槽実験データもないのだろう。

 どちらにしても、技術屋であればこの「発明」が物理学の法則を逆転させるもので、公称出力500kW/機は実現不可能であることにすぐに気が付くはずだ。国の担当者が「余計なことをするな」と言いたくなるのは当然 だ。また、こんな話に付き合わされた川崎重工業技術研究所技術者に同情する。 潮流発電の可能性を否定するつもりは毛頭ないが、鈴木氏が潮流発電を実用化しようというのであれば、技術に長けた専門家の助けが不可欠である。少なくとも物理の法則を逆転させるような発言は控えた方がいいだろう。

 しかし、「イチローは100回バッターボックスに立って400〜1500本のヒットを打つことができる」類の話の方が素人にはインパクトがあり、そのような「技術的なことが至って苦手な方から高い評価を受けた技術」ほど疑わしいものはない。車、バイクという商品が一般的なものであるのと同様、環境問題も一般的になっており、車、バイク、環境の世界では技術が文学になってしまっているのが残念でならない。

(2011/10/11追記)
 この記事をアップしたのは2009年11月だが、2011年8月、ノヴァエネルギーはとうとう出資者から愛想を尽かされ「これ以上 今の新エネルギー時代を利用した 「詐欺」 にあう被害者が出ないように念願する。」と”評価”されるに至った(出資者のブログ参照)。ただ、こちらのコメント欄からすると、その原因があまり理解されていないのが残念である。

(2012/1/5追記)
 2011/12現在の古谷氏の潮流発電に対する評価はこちら。まさに「日本という国は、どうも文系支配の社会で、さらに言えば、理系の知識の難しいことなど、何も知らない。しかし、俺はものごとを正しく判断できる」、といって自慢ができる国なのだ」(こちらの言葉)である。

(2012/7/7追記)
 出資者のブログによると、2010年にプロペラ流出事件を起こす結果となった実験に、環境省から9200万円交付されていたとのこと。この事業の選定に当たっては環境省が設置した「地球温暖化対策技術開発評価委員会」で評価を受けたが、どんな委員だったのだろう。

(2013/4/20追記)
 2013年4月18日の日経産業新聞の記事によると、川崎重工業が開発中の潮流発電施設は、羽根直径18m、流速2.7mで1000kWということである。発電効率は100×0.5×1000/(π×r2×v3×1.025)=39% になり、「定格」としては妥当なところと思われる。ただ、「1キロメートル四方で10万キロワットの発電所を建設できる」(つまり100m間隔格子状に100基設置)は・・・100基100m間隔に設置した場合と、1基設置した場合とで、羽根周辺の水の流れが同じだとは思えない。

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