「電気自動車が普及したら発電所は足りるか」

脱・温暖化その手法 第43回  ー電気自動車が普及したら発電所は足りるかー | Motor-Fan[モーターファン]

 電気自動車の権威である清水浩慶応大学教授の記事である。

 「発電におけるCO2排出量は電力会社により異なるが、もっとも発電量が多く、かつ原子力を稼働させていない東京電力の場合1kWhの発電のために排出しているCO2は455gである。また、東京電力の発電所から家庭まで電力を送るときの損失率は2020年に4%であった。さらに、電気自動車の走行エネルギーは代表的な値として、日産リーフXを取ると、その充電に必要な電力である交流電力消費量の自動車の一般的な走行の方法であるWLTCモード走行における値は155Wh/kmである。これらの値から、電気自動車の1km走行当たりのCO2発生量は73g/kmとなる」  

〇「東京電力の場合1kWhの発電のために排出しているCO2は455g」は2018年度の値である。その他の年度の値は次表のとおり。

調整後:固定価格買取制度に基づき国から配分された環境価値(余剰非化石価値相当量)や東京電力が調達した非化石証書の環境価値等による調整を反映した後のCO2排出係数

 なぜ、2018年度の値を用いたのかよく分らない。単に古い記事の使いまわしかもしれないが。

〇「電気自動車の1km走行当たりのCO2発生量は73g/kmとなる」の計算は次の通り。

 155×455×0.001/(1-0.04)=73.46≒73

  公表されている排出係数は受電端(発電所でのCO2排出量/販売電力量)のものなので、(1-0.04)=0.96で除する必要はない。したがって、

 155×455×0.001=70.5(g/km) とすべき。

「比較車両として、世界的に最も販売台数が高い車の代表として、エンジン車にモーターで補助することで燃料消費を抑えたマイルドハイブリッドタイプのフォルクスワーゲンゴルフTDI style型を選択する。この車の重量は1360kgで、全長、全幅、前高はそれぞれ、4255mm,1799mm,1452mmであるがCO2排出量は134g/kmである。」
 
 VWの公表値(2024年8月12日現在)は次のとおり(括弧内は電動パノラマスライディングルーフ装着車)。出典はこちら
  eTSI Active Basic / eTSI Active /
eTSI Active Platinum Edition
eTSI Style / eTSI Style Platinum Edition /
eTSI R-Line / eTSI R-Line Platinum Edition
TDI
全長×全幅×全高 mm                                  4295×1790×1475
車重 s 1310 1360(1380) 1460(1480)
WLLTC燃費 km/L 19.1 17.4(17.3) 20.1
CO2排出量 g/km 122 133(134) 129

 VWゴルフのマイルドハイブリッドはeTSIであり、TDI styleはマイルドハイブリッドではないにも関わらず、記事ではTDI styleをマイルドハイブリッドとしていること、記事中の車重、CO2排出量の値がeTSI styleのものであることから、清水はeTSIの値をeTDIのものと誤ったものと思われる。しかも、車重はスライディングルーフ非装着車、CO2排出量はスライディングループ装着車の数字を用いている。
 なお、全長等の数値が5mm単位ではないので、この数値は海外仕様ではないか?

 なお、下表のとおり(4WD、オプション装着車及びプラグインハイブリッドを除いた値)トヨタ・プリウス、ヤリス・ハイブリッドのCO2出量はVWゴルフeTSI/TDIよりずっと少ない。記事は今後、国内の電気自動車の台数が増加したときの発電所の能力を語っているのに、国内販売台数が少なく、しかもCO2排出量が多いVWゴルフを比較対象にしたのは清水の意図と感じる。
プリウス ヤリス・HV ヤリス(HV以外) スズキ・アルト(HV以外)
CO2排出量 g/km  71〜81  64〜66  109〜122  92

「経産省総合エネルギー統計によると、2020年のガソリン消費量は、4900万kℓであった。国土交通省の「数字で見る自動車」によると、2020年の日本の乗用車の保有台数は、普通車が3900万台、軽自動車が3200万台の合計7100万台であった。また、ソニー損保による2020年の全国カーライフ調査によると年間の走行距離の平均は6000qであった。これらの数値から、乗用車の平均燃費は8.7km/リットルとなる。ガソリン1リットル当たりのCO2排出量は2360gである。これらの値から乗用車の平均的CO2排出量は270g/kmになる。これと、日産リーフXを代表的な電気自動車としたときのCO2排出量の比は3.7倍となり、電気自動車は圧倒的にCO2排出量が少ない。」

「自動車燃料消費量統計 年報 平成2年度(2020年度)分」(国土交通省)では自動車のガソリン消費量は4330万kL。清水のいう「4900万kℓ」は自動車以外(原動機付自転車、農機具、消防ポンプ、航空機等)の用途を含むのではないか?

〇「国土交通省の「数字で見る自動車」によると、2020年の日本の乗用車の保有台数は、普通車が3900万台、軽自動車が3200万台の合計7100万台であった 」の元の数字はこちら。001484006.pdf ・ (mlit.go.jp)  「2020年」は2020年3月末。

  この表で「乗用車」、「軽自動車」とあるので、軽自動車は軽乗用車のみではないことがすぐ分る。この表の「軽自動車」の対象は軽貨物車、軽乗用車、軽特種用途車(8ナンバー)、軽二輪車(排気量125超〜250t以下)。また、この表にEVが含まれることも考慮されていない。

〇細かい車種別国内保有台数(2020年3月末)は次の通り。r5c6pv000000u5ps.pdf (airia.or.jp) 記事ではガソリン燃料車として次表の車及び原動機付自転車(125t以下)が忘れられている。
貨物(小型車) 特種用途車(小型車)(8ナンバー) 小型二輪車
 3494061  152689  1704542
備考1 大きさが小型車と同じ貨物車であっても軽油を使用する車は「普通」に区分される、車種区分 | 全日本トラック協会 | Japan Trucking Association (jta.or.jp))、
    2  よく見かける8ナンバー車はパトロールカー、救急車等である。

   つまり、清水は車種区分、ガソリンの用途を全く理解せずに割算のみ行ったに過ぎない。

〇「ソニー損保による2020年の全国カーライフ調査によると年間の走行距離の平均は6000q」 この対象車は自家用車のみ。
 
〇より実態に近い数字は「自動車燃料消費量統計 年報 平成2年度(2020年度)分」(国土交通省)にある。次表がこれから切り出したもので赤字は私が加筆した燃費(km/L)。

 自家用・旅客のうち、普通車、小型車、乗用車(ハイブリッド)、軽自動車の平均は12.9km/Lになる。

〇「電気自動車は圧倒的にCO2排出量が少ない。」 記事ではガソリン車:実態、EV:カタログ値で比較しており、EVをよりよく見せたい清水の意図を感じる。

「もし、すべての車が電気自動車に替わったら、どれだけの発電が必要かに関しては上に示した、車の台数と年間の平均走行距離と、走行当たりの電力消費率をかけたもので求められる。日本の乗用車の台数と、年間の走行距離の平均を用い、電気自動車の電力消費を日産リーフXで代表させることにすると、総電力量は年間660億kWhになる」

 この計算式は次のとおり。記事の初めのリーフのCO2排出量計算と異なり、送電損失4%を考慮していない(正しい)。

 71000000(台)×6000(km/台)×155(Wh/km)/1000=66030000000(kWh)

 ただし、前述のように台数、走行距離の数字が不適切であるが、ここでは議論しない。

「バス、トラックのような商用車も将来はすべて電気自動車に替わるものとする。これらの車は基本的に軽油を使うディーゼル車であるが、ガソリン車に比べて、約30%燃費が良い。2020年における軽油消費量は3400万kℓで、ガソリン消費の70%である。このことから、すべての商用車が電気自動車に替わったときに必要な発電量も乗用車と同等とみることができ、電気自動車全体で必要な電力量は1300億kWhとなる」

「自動車燃料消費量統計 年報 平成2年度(2020年度)分」(国土交通省)では自動車の軽油消費量は23576350≒2357万kL。清水のいう「3400万kℓ」は自動車以外(鉄道、建設機械、農機具、船等)を含むのではないか?

〇計算式は次のとおりと思われる。

 (4900/3400)×(1/0.7)×660(億kWh)=1358→1300(億kWh)

 前述のように、この計算の元となる660億kWhも不適切であるが、ここでは議論しない。

「では、日本で可能な発電量であるが、電力調査統計による2015年の認可電力は2億1000万kWである。この値は、東日本大震災後のものであるため、原発が動いていないという前提になる。ということは、この値に24時間と365日をかけると年間に発電できる量は1兆8000億kWhになる。このことから、すべての車が電気自動車に替わったとしても、発電量には40%近い余裕がある。」

〇電力調査統計の2015年3月の電気事業者認可電力(単位:1000kW)、2014年度の発電実績(括弧内は発電種別毎の比率(%))、稼働割合(100×発電実績/(24×365×出力))で、認可電力は記事とは異なる。

〇稼働割合が100%でないことから、清水は発電電力に余力があるとしているのだろう。しかし、水力は水がなければ発電できないので、これ以上発電することは考えられないし、風力、太陽光、地熱も同様である。火力についても定期点検、定期補修が必要なので、全ての火力発電所を1日24時間・年365日稼働することはできない。
 火力発電所の定期点検は電気事業法に基づきボイラー設備は2年毎、タービン設備は4年毎に実施することが定められている(災害時等の場合は繰り延べ可能)。定期点検は2〜4箇月に及ぶこともある。

「但し、電力需要の多い時間帯に充電をしたり、すべての車に一斉に充電をするようなことになると、その需要は認可電力を超えてしまうので、充電を行なうタイミングに関しては制御が必要である。この制御は、充電器側で行なうか、車体側で行なうかのいずれかの方法でできる。大量に電気自動車が普及する時代になると、このような制御の開発が行なわれることが必要になるが、通信手段が発達している現在では、難しい制御ではない。」

 「制御」を簡単に言うと「充電できなくする」である。「充電できない」は「電気自動車を使えなくする」とほぼ同義である。現在より発電電力量を増加させることができたとしても、必要な時に充電できなければ意味がない。
 清水は「充電制御」は充電出力抑制と考えているかもしれない。全国で10万台の電気自動車が50kW充電器で13時〜13時30分に充電すると発電電力を超過してしまうために、充電器出力を50kW/基から25kW/基に抑制したとする。すると充電時間は13時〜14時に伸び、13時30分〜14時に充電するはずだった次の10万台は充電できなくなる。したがって、電気自動車が普及すれば、充電制御は「充電できなくなる」とほぼ同義になる。

「これまでの内容から、電気自動車は内燃機関自動車に比べて圧倒的に走行中のエネルギー消費が少ないので、発電に関わる化石燃料と内燃機関自動車走行の1台、単位走行距離あたりに発生するCO2の量を比べても電気自動車の方が少ないということになる。」

 この内容は記事の前編 脱・温暖化その手法 第42回 ー電気自動車の優位性について— | Motor-Fan[モーターファン] で書かれたことであり、そこではエネルギー効率を電気自動車41%、ガソリン車8.6%としている。

 この手法は原動機の効率であって、車の効率ではない。電気自動車は同クラスのガソリン車より車重が大きいのが通例だが、これが全く考慮されていない数字である。この理屈ではホンダ・スーパーカブは電気自動車エネルギー効率が悪く環境にとって悪いことになる。
 
 清水はガソリンエンジン熱効率(変速機等の損失を含む)を9.6%としているが、あまりに低すぎる。何十年前の数値なのだろうか?
 2015年型Vitz1.0F(CVT)のJC08モード燃費21.6km/L、車重(運転者・荷物含む)1060s、60km/hの転がり抵抗3PS・空気抵抗3PSとし、平均熱効率を求めると21%程度になる。

 下表は前出の表に市街地、郊外、高速の各モードのCO2排出量とスーパーカブC110のCO2排出量(WMTCモード)を加筆したもの。なお、電気のCO2排出係数については、清水が火力発電所→電気自動車のエネルギー効率で議論しているため、ここでは前出の東京電力の調整前排出係数を用いた(最小:447、最大531g/kWh)。

リーフ プリウス ヤリス・HV ヤリス(HV以外) スズキ・アルト
(HV以外)
スーパーカブ
C110
CO2排出量 g/km WLTC  69-82  71-81  64-66  109-122  92  35(WMTC)
 市街地  59-71  78-89  62-64  146-165  101  
 郊外  65-77  62-75  57-59  104-130  89  
 高速  76-91  74-82  70-71  97-106  80  

  清水の言う「エネルギー効率は電気自動車41%、ガソリン車8.6%」が意味をなさないことが分るだろう。もちろん、ここには自動車製造時のエネルギーは考慮されていない。

  これが「電気自動車の権威」の記事なのだから、電気自動車業界の未来は暗い。

  なお、「バス、トラックのような商用車も将来はすべて電気自動車に替わるものとする」については、いずれ記事にしたい。


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